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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)5610号 判決 1971年10月30日

原告 信田正紀

<ほか一名>

右原告両名訴訟代理人弁護士 三輪長生

吉成重善

右訴訟復代理人弁護士 猿山達郎

被告 竹沢正広

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 田中義之助

同 湯浅実

同 渡辺真一

主文

原告両名の被告両名に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告両名の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  本件土地がもと波田野弥市の所有に属したことについては、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すれば、昭和一一年ごろ、加藤正雄は波田野弥市から本件土地を賃借りし、同地上に本件建物を所有していたが、被告両名の父である利三郎は、当時病弱であった被告正広に贈与するつもりで、加藤正雄から本件建物を買い受け、同時にその敷地である本件土地に対する賃借権を譲り受けたこと、波田野弥市は右賃借権の譲渡を承諾したこと、利三郎は、昭和二〇年五月、本件建物についての所有権移転登記を完了しないまま死亡したこと、被告紀利は利三郎の長男であったことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。

右認定の事実によれば、利三郎は本件建物の所有権および波田野弥市に対する本件土地賃借権を取得し、被告紀利は、相続により、右所有権および賃借権を取得したものというべきである。

二  つぎに、≪証拠省略≫を総合すれば、被告正広は、かねて利三郎が本件建物を被告正広に贈与するつもりであると聞いていたので、法律にくらいため、利三郎が死亡すれば、利三郎の右贈与の意思だけで当然に本件建物の所有権を取得するものと考え、昭和二三、四年ころ、当時本件建物と別個の建物に居住していたが、母である竹沢八千代を通じ、波田野弥市に対し、本件建物の敷地である本件土地を賃借りしたい旨申し込んだこと、これに対し同人はなんら異議を述べなかったこと、波田野弥市の妻は、本件土地の賃料を徴収するため、被告正広が居住する前記建物に赴いたことがあることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定の事実によれば、遅くとも昭和二四年末までに、被告正広と波田野弥市との間に本件土地について建物の所有を目的とする賃貸借契約が成立したものと認めるのが相当である。

三  ≪証拠省略≫によれば、被告紀利は加藤正雄を相手方として本件建物について所有権移転登記手続を求める訴を提起し、その訴訟で被告紀利・加藤正雄間に裁判上の和解が成立し、その和解に基づき、被告紀利は、昭和二九年六月七日、本件建物について所有権取得の登記を経由したことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。

また、被告紀利は、前記のとおり、相続により、本件土地賃借権を取得したが、右各証拠を総合すれば、被告紀利は、利三郎の本件建物買受の動機を知っていたので、内心で本件土地賃借権は被告正広に属するものと考え、本件建物について所有権取得の登記を経由したころ、被告正広から、転借料は賃料と同額とする約定で、本件土地を転借りしたことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。

四  波田野弥市が被告正広に対し本件土地を賃貸し、同被告が被告紀利に対し本件土地を転貸したことは前記のとおりであり、≪証拠省略≫を総合すれば、波田野弥市は被告紀利が本件建物を所有して本件土地を使用することを容認していたことが認められるから、同人は被告正広の被告紀利に対する本件土地の転貸を暗黙のうちに承諾していたものというべきである。

五  ≪証拠省略≫によれば、原告両名は昭和四〇年五月一二日波田野弥市から本件土地を買い受け、同日その旨の登記を経由したことが認められる。

六  ところで、「建物保護ニ関スル法律」第一条は、建物の所有を目的とする土地の賃借権を有する者が当該土地上に登記した建物を有するときは、その者は当該賃借権をもって第三者に対抗しうる旨規定しているが、建物の所有を目的とする土地の賃借権を有する者がその土地を転貸し、賃貸人が承諾している場合には、賃借権者がその土地のうえに登記した建物を有しなくとも、当該転貸人がその土地の上に登記した建物を有するかぎり、右法条により、賃借権者は当該賃借権をもって第三者に対抗しうるものと解するのが相当である。けだし、このように解しても、右法条の立法趣旨に反することはなく、また、第三者に不測の損害をこうむらせるおそれもないからである。

右のような見解に立てば、前述のとおり、原告両名が本件土地の所有権を取得する以前から、被告正広は本件土地について賃借権を有し、被告紀利は本件土地について波田野弥市に対抗しうる転借権を有し、本件土地上に登記した本件建物を有したのであるから、被告正広は、原告両名が本件土地の所有権を取得しても、被告両名に対し本件土地の賃借権をもって対抗しうるものというべきである。

七  ≪証拠省略≫を総合すれば、被告紀利は根岸八重子のため本件建物について抵当権を設定し、その抵当権の実行のため、本件建物は競売に付され、被告正広は昭和四〇年一〇月一二日本件建物を競落し、同年一一月一六日その旨登記を経由したことが認められる。右事実によれば、本件建物の所有権は被告紀利から被告正広に移転し、これに伴い、被告紀利の本件土地賃借権および同土地転借権も被告正広に移転し、同転借権は、転貸人と転借人とが同一人となる結果混同により消滅することになるものと解するのが相当であるが、右事実は被告正広が従前から有していた本件土地賃借権になんら影響を及ぼすものではないというべきである。すなわち、被告正広は本件土地について原告両名に対抗しうる賃借権を有し、かつ、本件土地上に登記した本件建物を所有するにいたったものといわねばならない。

されば、被告正広は本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有する権限を有するものというべきであるから、被告正広に対する原告両名の請求は、その他の点について判断するまでもなく、失当であるといわねばならない。

八  ≪証拠省略≫によれば、同被告は、前記競落により本件建物の所有権を取得したのち、被告紀利に対し本件建物を賃貸したことが認められる。したがって、前記のとおり、被告正広が本件建物を所有して本件土地を占有する権原を有する以上、被告紀利に対する原告両名の請求も、その他の点について判断するまでもなく、失当であるといわねばならない。

九  よって、原告両名の本訴請求をすべて棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 桝田文郎)

<以下省略>

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